日本の音楽業界が最も華やかで活況だったのは1990年代から2000年代だと思うのです。
当時の時代背景はというと、
・音楽ジャンルに関しては邦楽器を用いた演歌や大人数のブラスバンドによる歌謡曲の人気が陰り、少人数でギターやベースやドラムセットを主に使うポップスや電子楽器を使ったテクノが流行し、世代を超えて歌われる国民歌という概念は失われ、J-POPという単語が生まれました。軽快なポップス、叙情的なバラード、激しいロック、さらにはレゲエやヒップホップやアカペラもヒットするようになった時代でした。
・ボーカリストの声質は男女問わず高めの音程で叫ぶように歌うのが流行し、低い地声で渋みを出しながら語りかけるように歌うボーカリストは少数派でした。劇場の舞台を主戦場とした声楽家はどっしり構えた厚みのある体型が多いのに対して、ヒット曲を歌うボーカリストは細身が多く、男性ボーカリストは声は力強くとも容姿は華奢で、野性味や男臭さよりも爽やかさや中性的な雰囲気を出した方が好まれる傾向にありました。
・楽曲の保存媒体はレコードやカセットテープからCDやMDに移りつつありました。Windows95が発売される前はインターネットというものは国民の大半が知らず、また2000年代は音楽のストリーミングサービスというものも耳にしなかった時代です。当時日本国内に張り巡らされていた回線の帯域では、1曲で数MB以上の容量の楽曲をダウンロードして入手するのは現実的ではなく、インターネットはニュースサイトやテキストサイトといった文字と画像を見るものに過ぎなかったのです。多くの日本国民にとって音楽とは「CDなどに入っていて持ち運ぶもの」であり、再生機器はカセットテープのみのラジカセ、CDラジカセ、CDウォークマン、MDウォークマンといったものが普及していった時代です。当時は街なかでウォークマンをパカッと開けてCDやMDを差し込んで音楽を聴くのがシティボーイシティガールのおしゃれでした。スマートフォンとサブスクが普及した2025年現在にそんなことをしていたら奇異の目で見られると思いますが、当時は本当に自宅から街に薄い円盤を持ち運ぶのはかっこいいと考えられていたのです。
・ヒット曲の指標はCDの売上枚数でした。1枚のCDに楽曲を2つ、いわゆるA面とB面にあたる曲を収めたシングルCDが主流で、1枚600円や800円という値付けでCDショップの店頭で販売されました。インターネットもネットショッピングも普及していなかった当時は消費者がCDショップに足を運んでCDを買う時代でした。シングルCDがたくさん売れたアーティストこそヒット曲を生み出した優れたアーティストだ、たくさん売れたシングルCDを買って手元に持っていないと時代に取り残されるからCDショップに行け、という考え方が主流でした。単一CDを100万枚売ったらミリオンセラー、200万枚売ったらダブルミリオンと呼ばれ、ヒット曲を求める消費者はオリコンのCD売上ランキングや毎週金曜日20時10分頃にミュージックステーションで放映された週間シングルCD売上ランキングを食い入るように視聴したものでした。週間ランキングにいきなり1位で初登場した曲が翌週にはランキング下位に引きずり落とされるのが日常茶飯事で、大半の楽曲は短命であることを音楽業界の実情を知らない子どもでも理解できてしまう、そんな時代でした。おそらくはアーティストや所属事務所といった業界人は「この曲は年間売上トップにしたいから1~6月の上半期にリリースしよう」「この曲は今リリースすると他の有名アーティストとかぶって埋もれるから時期をずらそう」というようなマーケティング戦略があったのだろうと思います。
そんな当時にまことしやかにささやかれていたのは、アーティストは1曲当たれば一生食っていける、というものでした。
単純に1枚600円のシングルCDが100万枚売れれば6億円稼いだことになりますし、全国ツアーでヒット曲を歌えばチケット代が稼げますし、カラオケボックスで消費者がヒット曲を歌えば印税で儲かる、確かに音楽で食っていくのも夢ではないのだろうなと当時は思ったものです。
時は流れて、この記事を執筆している2025年。
音楽はSpotifyやiTunesといったインターネットサービスを通じて、自宅にいながらにして実体のないデータを入手して再生するのが当たり前となりました。
また動画配信サービスであるYouTubeやニコニコ動画で映像とあわせて音楽に触れる生活も珍しくなくなりました。
聴きたい曲を聴きたいときだけストリーミング再生して、CDやMDのような実体のあるものだけでなく、楽曲の音声ファイルの保存すらしない、音楽は所有から一時利用へ、そんな時代です。
そして芸能事務所に所属するアーティストが音響機器の整ったスタジオで録音した楽曲でないと世界に自分の楽曲をリリースできない、そんな考えは過去のものとなりました。
インターネットサービスを通じて、自宅にいながらにして世界に自分の楽曲をリリースする、それが可能となった時代です。
かくいう私は、BIG UP!のインターネットサービスを通じてSpotifyやiTunesなど、様々な音楽配信サービスに楽曲をリリースしています。
誰とも何も交渉も会話もしていませんが、自宅でキーボードとマウスを操作しているだけでそんなことができてしまうのです。
本当に?と思った方は下記の各ウェブサイトにアクセスしてみてください。
下記の各ウェブサイトはすべて私(youhei_red)の楽曲一覧です。
いとも容易く音楽業界の中の人の側、消費者から提供者の側になれるのです。
それも日本国内に留まらず世界に一斉同時リリースができてしまうのです。
同時に、サブスク全盛の現代における楽曲の相場、音楽の値打ちもわかってしまうのです。
音楽配信サービスにおける楽曲の作者に入ってくる売上は、主に下記の2つがあります。
・消費者がお金を都度払って楽曲をダウンロードするダウンロード販売。
・定額聴き放題のサブスクを使っている消費者が楽曲を再生するストリーミング再生。
ダウンロード販売は楽曲ごとにあらかじめ作者が設定した販売額をもとにした売上が作者の懐に入ります。
BIG UP!の場合は楽曲を収録した商品を登録するときに、楽曲を1曲のみ収録した商品であれば販売額を150円・200円・250円の3種類から選ぶよう指定されます。
1回売れるごとに儲かる単純な仕組みです。
ストリーミング再生は再生回数などによってサブスクサービス内部で独自に算出される売上が作者の懐に入ります。
算出の仕組みは楽曲の作者から見えないブラックボックスですが、BIG UP!では毎月締めで再生回数と売上の確定レポートが提供されるので、おおまかな予想はできます。
数ヶ月に及ぶ確定レポートをざっくり眺めた印象では、たいていのサブスクサービスで再生1回あたり0.5円前後、おそらく1円いかないくらい、という感じです。
これが2025年現在における楽曲の相場、音楽の値打ちです。
そして2025年を生きる方の多くはもうカセットテープやCDを買ったりすることはほとんどないと思いますが、好きな曲や聴きたい曲を都度お金を払ってダウンロードすることってありますか?
YouTubeで検索して聴きたい曲を聴いて満足して終わり、口ずさむことができる程度に曲を把握できればOK、音質なんてたいしてこだわりありません、生活に潤いが出る程度に音楽が流れてくればそれでいいんです、そんなライトな感じの方が多いのでは?
高音質を求めて高額なスピーカーやケーブルや電源にこだわる方はごく少数で、もっと言えばサブスクサービスに有料会員登録している人すら珍しいのでは?
収入が増えないのに税金やら社会保険料やらで手取りが減って物価が上がって生活がカツカツでとても音楽には課金できません、文化とか芸術とかにお金使えません、という方ばかりなのでは?
そんなわけで2025年現在において、アーティストは1曲当たれば一生食っていける、というのは夢物語なのだろうと思うのです。
ストリーミング再生で再生回数が数億回とか数十億回という桁まで行けば夢から現実に変わってくるのかもしれませんが、そんな楽曲が世の中にそんなに多くあるのだろうかと。
ちなみに音楽配信サービスのうちYouTube Musicは各楽曲の再生回数を誰でも閲覧できるようになっています。
たとえば2024年の日本レコード大賞をライラックで受賞したMrs. GREEN APPLEのYouTube Musicは下記です。
この記事を執筆している時点でライラックの再生回数は1.6億回、日本レコード大賞を受賞した楽曲でようやくこの桁です。
おそらく作詞作曲といった音楽の創作活動のみで食っていくのは現実的には不可能で、人前で歌うライブをこなしてチケット代を稼ぎ、人が集まる場で物販してグッズ代を稼ぎ、設備やスタッフに費用を支払い、そうしてようやくアーティストはなんとか食っていける、という懐事情ではないかと思います。
クラシック音楽が流行していた遠い昔のヨーロッパあたりだったら作曲家が宮廷お抱えだったり貴族がパトロンについていたりしたのでしょうけれど、現代社会でそんな待遇はまずないだろうと思います。
私が住む仙台では地域の祭りや音楽イベントにアーティストが来ることがありますが、どのアーティストも演奏後に「物販やってるので見ていってください」と宣伝します。
CDやグッズを買ってもらえないと生活が厳しいのだろうと思います。
ちなみに私はライブはしてませんし楽器もろくに演奏できませんが、最近グッズ販売を始めました。
グッズ販売についてはまた別の記事で、思うところを投稿しようと思います。